歯科医師の苦悩とつぶやき

歯科医師の苦悩とつぶやき

歯科治療でいつも難しいと思うのは、自分の技術が患者に伝わりにくいところです。そこがまた歯科治療を行ううえで悩むところなのです。
患者にとっての「腕のいい歯医者」とは、恐らく「痛くない治療をしてくれる歯医者」、あるいは「短時間で治療が終わる歯医者」のはずです。
中には、「以前の所は、全然痛くなかった!すぐに終わって良かった!」という方のレントゲン写真を診てみると、「?」と思うようなものがあります。反対に「以前の所は、痛かったし、時間もかかってもう二度と行きたくないのでここに来ました」という方のレントゲン写真を診てみると「根の治療をよくしっかりとやってるなあ」と感心するものもあります。
このように、患者と歯科医師が思い描いている「腕の良さ」というものには大変大きなギャップがあるのです。
例えば人気のある歯科医院は、次のことをよくやっています。毎月お母さんとお子さんを対象にしたイベントを行ったり、ガチャガチャを用意して、お子さんに喜んでもらえるおもちゃを出したり、治療の際には、ドクターと歯科衛生士と患者との三人の写真を撮って賞状と花束を渡したり、待合室に通っている子供さんの写真をいっぱい貼り出したり、冷水・お茶・コーヒーを用意したり、挙げ句の果てにはおしぼりを出したり待合室をゴージャスに作ったりと治療の技術とは関係のないところで、つまり「サービスの良い歯医者」が「良い歯医者」となっている事が、こういったサービスをすれば患者には喜ばれると分かっていても嘆かわしく思うのです。
このように、患者と歯科医師が思い描いている「腕の良さ」には大きな隔たりがあるのです。
ですから、レントゲン写真を用いて虫歯や、骨の状態、根の状態を説明したり、歯茎、歯の動揺について説明したり、お口の中を見てその人の咬み癖や歯ブラシの当て方を注意したり、またなかなか理解してもらえない場合は絵を描いて「目に見える形」で具体的に説明するようにしております。
レントゲン写真を見せて、「この歯の黒い部分に虫歯がありますよ」と説明しても、患者はなんともないので、「見た目はなんともないのに虫歯なんですか?」と疑惑の目を向けられることがあります。そんな時は、少し削った歯を患者に手鏡をもってもらい、「ほら虫くっているでしょ」と示すと、「あ、本当だ!」とあっさり納得してもらえる事が多いです。
歯の治療は患者の歯を大切にして真面目に丁寧に治療しても、「治療時間が長いし、痛いし、ヤブだ」という評判をされたり、逆に雑な治療をされてても、「治療時間が早く済んで、痛みもなく、いい歯医者だ」という評判がたちます。実は丁寧に治療をすればするほど時間がかかり、当然痛くならないように心掛けていても、痛い思いをさせることがあるのです。
歯の治療は外科手術の一種で、全く痛くなく無痛とはいきません。しっかりとした治療をすると大なり小なり痛いものです。
歯の神経を取る治療一つとっても、適当に処置をして適当にかぶせてしまえば、早く終わります。患者に痛い思いをさせることもないのです。すると適当な治療にもかかわらず、「痛くなく治療が終わった。ここは腕が良い」と患者に喜ばれます。
逆に、あとあと悪くならないように、きちんと丁寧に治療をすると、時間もかかりますし、痛い思いをさせてしまうこともあります。すると、「あそこは治療は痛いし、時間もかかる、下手な歯医者だ」と悪い評判をたてられます。患者にとっては、「高い技術を持つ歯医者」=「腕が良い歯医者」ではないのです。
私はよく勤務医に『「歯大工」ではなく『歯医者』を目指しなさいとよく言います。歯学部を卒業したからといって全員が「歯医者」ではないのです。
例えば、「腫れたから切開する」「歯が動くから抜く」とパターン化してやるのが「歯大工」であって、「なぜそうなったのか」を考え、それに対して理由を見つけても、さらに「なぜ」と繰り返して、本質を考え、事象に対応しないのが「歯医者」なのです。卓球で言えば、「ピンポン」と「卓球」の違い、サッカーで言えば「蹴鞠り」と「サッカー」の違い、バドミントンで言えば「羽つき」と「バドミントン」の違い、バスケットで言えば「籠入れ」と「バスケット」の違いなのです。
やはり「Look」ではなく「Watch」、「Hear」ではなく「Listen」、「Think」ではなく「Consider」をしなくてはいけないのです。
丁寧な治療をするためには、時には患者に痛みを我慢してもらうこともあります。しかし患者は「早く終わってほしい」「痛くない治療をしてほしい」と思っています。この二律背反である丁寧に治療をしながら患者に喜んでもらうにはどうしたらいいのかと悩むのです。その為には、治療方針の説明、治療したらどうなるのか、どういう処置が必要なのかと説明したり、時には専門書を見せたり絵を描いて理解が得られるようにしております。そして「なるほど、そんな風にやるのか。それなら多少の痛みも我慢しよう、時間がかかるのもしょうがない」と患者に理解してもらった上で、時間をかけても、申し訳ないのですが痛い思いをさせてしまっても歯科医師としての信頼を損なわないよう日々治療にがんばっております。